■ 2007.02.15 Thu

破綻の理由

外資系(アラブ首長国連邦)金融の人間と離婚の方向性ですすんでいます。この人の親は国営イタリア銀行。ヨーロッパの政府系金融といえば、うらやましがられるような家庭です。ある意味、わたしは親の望みどおりに生きてたわけです。もちろん忍耐によって今後も継続できることは知っていました。でも継続を拒んだのはわたしです。

他人に対しては寛容であるべきだと思います。
でも言葉を、あまりにもひどくなおざりにする他人に対しては、どうしようもない憤りを感じます。言葉をなおざりにするのは、その人の育った環境と思考論理の形成過程ですから、おとなになって無理に直すことは難しいものです。そして言葉を守るというのは、使命感をもっておこなう行為です。言葉を「狩る」のではなく、「守る・型くずす」それが芸術というものです。わたしは一人で生きたほうがよいのでしょう。ほんらい葛藤で自分をすり減らしてもいいのですが、家族にとどまらず、もっともっとその先の深い日本がみたくなりました。半導体と金融しかみてなかったので、卸売業とか運送業とか清掃業とか、もっといろんな職業がみたくなりました。

いま暮らしている、だんなの家族のあいだでよく使われる言葉で気になることがあります。たかが、運転マナーの悪い人に路上で出会っただけで「ぽるーこ でぃお 豚神野郎」「売春婦」なんてさけぶことです。見てるだけですごくえげつないと思います。こどもはおいていきます。そういう環境の中で育ったら彼女もわるくなるかもしれません。でも自分にはそれ以外の選択肢はないし、彼女もわたしの子である以上、言葉に対しては侮辱的な発言のないように、にんげんのもってうまれたこころを大切にして育つことを信じています。彼女のなまえは「吉野」としておきます。あおによしとして、外国で子供ができたら名づけなさいと、偉い方にいただいていた名前です。あおによし、の昭和の時代のおうたからとりまして、娘の名前と解きます。「深吉野に雪はふりつつ」

自分は人生つらくても、けらけらお笑いでいたいのですが、
実際にわらえるように、ずっとずっとつとめてきたのですが
ああいう、えげつない言葉を気軽に話す人たちといると、どうしても、このあたりは笑いに落とせないわけで、いっしゅの絶望を感じてしまいます。

呪いの言葉や、人をねちねちいびるような言葉って
ぜったい自分の身にはねかえってくるから
絶対使わないように気をつけて生きています。


「相手の気持ちを考えることができないなら、何もいわないでいい」なんて、
ディズニーのバンビに出てくるせりふですが、
まさにそのとおりです。でもどうでしょうか
「相手の気持ちを考えられない人がずけずけ物をいう」
そういうふうになったら、国がわるくなる。
そう思ったりしませんか。メディアにたたかれる雅子妃の気持ちを考えていますか?ああいう、やんごとなき人を大切にしない姿勢を、いま世界はみています。

「言葉にはたましいがそなわります。下品な言葉で幸せが逃げます。」
これが歌舞伎町のわたしが慕っていた人の哲学です。どんなに給料をとっていても、いい家庭であっても下品な言葉の存在する場所だけにはいたくない。下品な言葉に慣れて染まるような生き方だけはぜったいに嫌です。

面白いのが、この「下品」っていうのは、「エロ」とは一致しない。エロは、愛なんです。「下品」が人間の内心をそこなうおろかな言葉の呪いなのに対して、人間の心をやわらかくする究極の魔法が「エロ」なんだと思います。


根本的な思考形成上でわたしと、いま暮らしている人は違うんだと思います。言葉は下品、しかも愛すらもってなくって
ほんとうに「産む機械」かって思わされるような、そういう無神経さがたまらなくなりました。まぁ、わたしの実家も「女は子供を産んで育てる機械」みたいなことを自分の子供に平気で言える人たちなのだから、あの大臣の失言は、最近の世間常識みたいです。あたりまえのことなのですね。

きょうのニュースを見てて感じたこと
24時間テレビで芸能人か誰かが走ったとき
マラソンの沿道ですか、やじがとんで、テレビ局が抗議したそうです。別に生の声を報道してもいいと思ったりします。
以前、むかしの永谷園のCMのお話で、「わざと音を立てて下品に書く」という話を述べましたが、テレビ局の権威をつかって、くさいものにふたをするのではなく、そういう下品な風潮、下品な言葉を多くの人が感じ取る。じぶん自身の身になって反省する、わかものが真似したら、それを「いけず」な笑いにおとせばいいじゃない。注意するよりも、みんなで笑ったれ
そういうユーモアの風潮をもつべきだと思います。ただ、お笑いでも、「ここは笑っていけない」というものがあれば不自由だし、わたし、藤原紀香さんの結婚を祝えない人があんなにたくさんいるってきいてびっくりしちゃった。ちゃんと祝福しろよ。そうしたら、自分に幸せのおこぼれがくるじゃないか。

世の中の多数派が、なにも考えず一時の感情でもって
言葉をそこなったり、言葉を封印してしまう。
だからメールやネットの中でしか本音がいえなくなっちゃうんだ。でも沈黙してる電車って、わたしからみるとかなり気持ち悪いです。日本人ってみんな読書とメールで、みず知らずの人と喋らないですよね。もっと公共の場でひとはおしゃべりを自由にしたほうが楽しいのにと思ったりします。普通の人と喫茶店とかでおじいちゃんや同世代のOLさんとお話しするでしょ。ふつうに大笑いするでしょ。そういうのってお互いにとって幸せなんだ。あ、この人の心のかけらをいまわたし埋めてあげてる。そういう瞬間にあえた。そういうときってほんとうれしいよ。

ほんらいメディアというものは風であって
がちがちの風潮をうまく粋におとすものです。
ふるい難波の言葉では「月と水」なんて表現したものです。
それをまた、ますますがちがちに固めてしまうことに
日本の「言葉狩り」なる不幸が存在しています。
悲しいとき、つらいときこそ
ひとは笑うのです。狩るのではありません。

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2007.02.14 Wed 17:43 [ Edit ]

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2007.02.15 Thu 17:02 [ Edit ]

- N.W(うさねこ)

猥談を語らせるとその人の品位や精神レベルがわかりますね。上品な人のエロティックな話というのは本当にすばらしいですね。エロスと言葉の微妙なつりあいが私達の精神を安らがせる。反面、いわゆる体育会系の人の猥談の、あの暴力的な和の雰囲気というのは、多分、私は生涯馴染めないんじゃないかと思います。言葉の品に敵意をむき出しにしたような、平等な下品さが押し付けられる。そしてエロスは自分達の専売特許みたいな言い方をする傲慢さもあるわけです。私がよく引用するカントの言葉をかりれば、「他人語」しか支配しない、おそろしく平等な世界です。
  品のあるなしは、実はこの「他人語」という問題がかかわってくると思うのですね。
  三島由紀夫さんはどうもこの点を故意に混同していると思うのですが、あれほど見事なエロスの語り手が、多分猥褻さでは下品そのものだった陸軍下士官の世界に憧れるんですよね。三島さんは「他人語」しか支配しなくなったこの国の大衆社会を批判して自殺したんだろうと思います。それは美しいことですが、しかし彼が理想世界と考える世界が、実は現在の状況と断絶していない、それを彼はわざと気づかないふりをしたんだろうと思います。
  私は他人語しか支配しないような空間には住みたくないですね。一人暮らしだから我が家は自分語(独り言?)しか存在しない空間ですけれど、我が国日本は三島さんが憂慮した頃より、よほど住みにくくなっていると思います。
2007.03.01 Thu 22:46 URL [ Edit ]

- hina

おっしゃることがいまいちわからないのですが
カントって「永久平和のために」の人でしたでしょうか。
たしかに日本はメディアが一方向性がつよく
いっぽう欧州のメディアは集団の拡散無意識の中に方向性をヒントとして与えるだけだと思います、これが欧州の人間性の強さを示唆していることはいうまでもないのでしょう。
2007.03.01 Thu 23:15 URL [ Edit ]

- N.W(うさねこ)

たとえば犯罪報道が流れます。
 みんながしたり顔でそれを批判する。自分にとって何もかかわりがないからこそ、主語の実在がないまま、それを批判できる強さをもってしまう。これが「他人語」ということですね。犯罪者が反道徳的なのではなく、こうして他人語を操る人こそが「反道徳的」だ、というのが、カントの確立した倫理学の世界です。
 逆に犯罪者の中には、あるいは犯罪を考えたことのある人にとっては、犯罪というものが、自分自身の問題そのものとして襲いかかってきます。間違ってもワイドショーのような気楽さはない。出口なしの精神状況、これが「道徳的」というふうに、カントは説明します。自分の弱さがゆえに、人間は苦しんで道徳的になれるということです。漱石の小説の登場人物はカント的に言うと道徳的ということになりますね。まさに私達の国には反道徳がはびこっている、ということではないかと思うのですね。
   私は言葉の下品さというのも、他人語の世界そのものではないかといつも思うのですね。なぜなら、他人に押し付けるような威圧感は、他人語の世界の最も醜いところだと思うからですね。
   カントは「永久平和のために」のカントです。ただ上記のことは「実践理性批判」とか「人倫の形而上的位置づけ」に書いてありますね。難解極まりないカントですが、よく読むと案外、日常にいかせるものをもっているんですね。
2007.03.01 Thu 23:58 URL [ Edit ]

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